【藤木BLOG】「行間にユーモア」を感じるような文章はどうしたら書ける?

自分は人が書いた原稿を読む立場でもあるのですが、「いつの間にか引き込まれる原稿」を書く人がいます。もちろんテーマや内容にもよりますが、そういう文章には「ユーモア」があります。人を笑わせようとか、面白がらせようという意図はない、とてもまじめな内容なのに行間にユーモアを感じさせる。そもそも読書量が多いとか、書く技術が高いとかいろいろあるのでしょうが、やはり書き手である人間そのものの「面白さ」が自然とにじみ出るのではないでしょうか?

人間そのものの「面白さ」だとすると、ふつうの人が努力して身につけることがむずかしいですよね。「別に文章にユーモアなんていらないわ!」と突っぱねてしまうのもひとつです。しかし、「あえて面白い経験を重ねてみる」「あえて面白い人にたくさん触れてみる」「その中で感じたことをアウトプットしてみる」ということを重ねているうちに、ある日自分の書く文章の行間に「ちょっとしたユーモア」が光るようになるかもしれません。ならないかもしれません。単なる面白い人になってしまうかもしれません。「発酵」の過程みたいものでしょうか? ある日突然そうなるのではなくて、いろいろ溜め込んで、自分の中で消化・分解し、有象無象が積み重なっているモロモロの中から、何となく立ち上ってくるもの。何か臭そうですね。ここまで書いてどうでもいいような気がしてきましたが、「文章のテンポがいい」「文章の構成がいい」だけでなく、行間に「ユーモア」が感じられれば、文章を読む人にとっても、とてもよい香辛料になるのではないでしょうか。

なんでこんなにユーモアにこだわるのか。ヤマハさんの人工知能研究をしている人から聞いたのですが、ヤマハの人工知能(かなり人間に寄り添った演奏をする)とベルリンフィルのアーティストに合奏してもらったとき、アーティストは「ユーモアが足りない」と述べたそうです。ヤマハのエンジニアは頭を抱えて研究を続けているそうですが、音楽好きな人ならニュアンスわかりますよね。それは人間にしか生み出せないもの。わざとらしくなく、自然に。しかし、何となく感じられるようなユーモアや即興性。そんな文章が書ければ、AI時代にも何とかやっていけるのではないでしょうか。そんなことを考えて、いろんな分野の本を読んでいるわけです。いつか自分の中でうまく発酵され、熟成されればいいのですが。

「DG Lab Haus」に寄稿しました~『人と合奏するAIに足りないものは?』

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